美しさと裏腹なものとの一体

b0135545_19563984.jpg


スペインでキリストの壁画を修復をしているのを放っておいたら、お猿のような顔に仕上げられてしまった、という事件がありましたが、私が自分の作品を手直ししていて、それに近いことになってしまいました(焦)。

子どもをもう少し幼い赤ん坊に描き直そうとしたけど、かわいらしさが出ません。
実物のかわいらしさを知っているだけに、どこか不気味になってしまい、泥沼にはまっていくばかりで、焦って金色の絵の具をかけて、まるで母親が子どもを女郎蜘蛛の糸にぐるぐる巻きにしてしまったみたいになり、慌てて救出しようと、拭き取ろうとするけどうまくいかなくて、時間もなくそのままの展示となってしまいました。

「太母」は、大地のように広く子どもを包み込み、海のように深い愛情で育てますが、一歩間違えると、大渦に巻き込むように子どもを呑み込む。
蛇のように子どもに巻きつき縛ってしまう。

誰のために掛ける思いなのか、その辺を母親は深く追及しなければならないようです。

現場を踏んでその難しさを実感しているだけに、上辺だけの美しさでは済ませられない。

それに対し、同じ会場に展示されている大門清廣先生が描かれた母子像は暖かく、赤ん坊がなんともかわいらしいです。


人格の差がこんなにも現れてしまうもんです。

富山市美術連合展は、明日までです。

絵画で表現する、ということは、自分の人間性が表されるというギリギリのところまでやっていることなので、鑑賞される際に参考にして見ていただくのもいいと思います。
[PR]
by mume107 | 2013-02-10 19:56 | アート | Comments(0)