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ミニマリズムの巨匠たち

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Reborn   2006 サイズ はがき

えーっと、現代アートの鑑賞の仕方を、自分のイメージを膨らませるとか、
湧き起こる自分の感情を自覚する、
という方法を、今までお勧めしてきたわけですが、

これはひとつの方法であっって、私のテーマが『こども心』ということなので、
ここはひとつ童心に還っていただいて、というつもりなのです。

芸術の表現は、さまざまです。
「表現」という言い方すらあてはまらないものもあります。

イメージも感情もきわめて個人的なもの。
星の数ほどさまざまな思いがあると思いますが、宇宙からみたらほんのほんのちっぽけなことでしかありません。
イメージすることも、感情をも、超越した芸術。

それが、ミニマリズムの巨匠たちの作品、と私は解釈しているのですが・・・。

「巨匠たち」、と複数形にしてしまうのは、究極の還元体で、シンプルに無駄を排した形が、
どんぶり型の私には似通って見えるからなのですが、
よくみるとそれぞれ特徴があります。

ミニマリズムの巨匠たち
ドナルド・ジャッド(こちらは作品)

ジャッドは、抽象表現主義の情念の混沌とした世界の表現に反対し、その対極をめざします。 彼には画家が思うにまかせて、感情や情念を画面にぶつけるように絵具を塗りたくる表現は、非理性的でがまんのならないものでした。(ドナルド・ジャッドについての記述。)


カール・アンドレ

アンドレの作品は、常に展示される空間を考慮して、現場で構想されており、展示空間のサイズ、採光などと関連を持った、サイトスペシフィックなインスタレーション作品となっている。

フランク・ステラ

人は「画面に見えるものしか見ないはずだ」と言う彼は、絵画からイメージを排除してしまい、最低限の要素でなりたつ絵画を考えます。そのミニマルな絵画とは、黒のエナメル塗料でただストライプを描くだけのものでした。

フランク・ステラも、私にとって気になる作家でして・・・、ポリポリ。
「還元アート」から、やがて「事物の有機的な混沌」、「事物の増殖の表現」、「都市の無意識」へと、振り幅がかなり大きいような・・・。

リチャード・セラ

セラの作品は従来の彫刻ではなく、スタジオから抜け出し、公共の場に設置されてこそ真価を発揮する。荒々しい鉄の肌は美的な彫刻とは程遠いものであるが、それこそがセラフ彫刻の魅力であり、その圧倒的なパワーと迫力は広く知られている。

すべてを、凌駕しきったような巨匠たちの作品。
たまりませんな~。


私にはまだまだこの域には到達しそうにないです。
だって人間だもの・・・。

やっぱり、まだまだ混沌としたカオスが渦巻いてて、はっきりした輪郭が見えるまでには、
相当勉強しないと・・・。

こどもの方が、邪念も固定概念もないから、かえってシンプルな作品の方が、こども心といえるのかな?

わからん・・・。

やはり、成長の過程で混沌とした矛盾をどうしてもむかえてしまうから、これでいいのだ!

なにひとつ、こうと決め付けられるものでもないのだけど・・・。



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by mume107 | 2008-05-04 00:02 | アート | Comments(0)