デュシャンのレディメイド「泉」

たとえ使用されてない、まっさらなものでも、トイレにまつわるものが不衛生という認識を持ってることは、むしろまともで安全、当たり前のこんこんちきと言えます。

私たちの先祖は、ペストやコレラなどの感染病で人がバタバタ亡くなっていくのを防ごうとして、長い年月経過とともに上の物と下の物の区別をつける認識を、DNAに刻みこんできたのではないでしょうか。

今私たちが、こうして生きていられるのは、古代からの先人の知恵のおかげと考えても、大げさではないでしょう。

デュシャンも展示場所を変えただけで、どこまで思考を遡らせる人間がいるかどうかということを考えてたかどうかは知りませんよ。

デュシャンは、人々が持つ衛生観念から、便器のイメージのことを重々承知でインスタレーションにしたのでしょうね。

デュシャンが人々に提案したかったことは・・・。

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by mume107 | 2008-05-21 09:55 | アート